終戦の日に思う

いつから呼び名が変わったのだろう。私の中で8.15は「敗戦記念日」であり、その後は「終戦記念日」という名前で憶えている。ネットで調べてみたら、8月15日は正式には「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」となるようだ。しかし、いくらなんでもこれでは長すぎるし、ピンと来ないということで、新聞紙上では、「終戦の日」という呼び名で落ち着いているのだろう。
66年前、私の父と母は、どんな気持ちでその日を迎えたのだろう。父が戦地から引き揚げて自宅に戻ってきたとき、あまりにも太っていたので、家族のみんなが疑ったという。太った原因が栄養失調だと聞いて驚いた記憶はいまだに残っている。戦争で疲れて帰ってきた後、私たち子供を産み育て、仕事に励み、明るい家庭を築き、本当に頑張ってくれたのだなあ、とあらためて思う。頑張ったのは我が家の両親だけでなく、日本の国民全員が国のために一丸となって頑張ってくれたおかげで日本は見事な復興を遂げ、豊かな生活を獲得できた。親たちの頑張りに、われわれ団塊の世代がさらに勢いをつけ、日本経済は高度成長を実現した。そして、私たちは豊かな生活に奢り過ぎてしまったのかもしれない。私の両親も含め、あの8月15日大人だった多くの人たちが亡くなって、いま、私たちは東北大震災からの復興という戦後の復興とは異なる、大きな試練の時を迎えている。